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ヘルニコアの治療効果、副作用等まとめ【腰椎椎間板ヘルニア治療薬】

ヘルニコア(コンドリアーゼ)

ヘルニコア

最新の腰椎椎間板治療薬である「ヘルニコア」。新たなヘルニア治療の選択肢として期待される薬ですが、私の勤める病院でもヘルニコアの採用が決定しました。

そこで今回は少し詳しくヘルニコアについて書いてみようと思います。

 

この記事は少し難しい言葉を使ってある医療従事者の方向けの記事です。

一般の方向けのヘルニコアについての解説は以下からどうぞ。

【ヘルニコア】一般向け 治療効果、副作用等まとめ【椎間板ヘルニア治療薬】
椎間板ヘルニアの最新治療薬「ヘルニコア」(コンドリアーゼ)。 その治療効果や作用機序、副作用等について一般の方向けに解説しています。

 

傷の小さいヘルニアの内視鏡手術については以下で解説しています。

https://ag-rehabilitation.com/ldh-surgery/

 

腹筋や背筋を鍛える方法が以下の記事にまとめてあります。実際に私がリハビリで指導している内容です。資料がダウンロード頂けます。

【腰痛予防・ヘルニア】腰痛予防体操と腹筋・背筋【ストレッチ資料あり】
腰痛予防・改善のための体操の方法を解説しています。 腹筋・背筋といったMcGill-BIG3(体幹のトレーニング)と柔軟体操(ストレッチ)を記載しました。 資料のダウンロードも可能です。 【予約殺到!スゴ腕の専門外来スペシャル】で紹介したカールアップも記載してあります。

 

 

ヘルニコア概要

 

「ヘルニコア」は一般名をコンドリアーゼと言い、椎間板髄核の主成分であるグリコサミノグリカンを分解する酵素です。

これを椎間板内に注射することで効果を期待する“化学的髄核融解術”と呼ばれる治療になります。

ヘルニコア

 

ご存じの通り、椎間板ヘルニアとは椎間板髄核が膨隆ないし線維輪外に脱出し、神経を圧迫することで腰痛や下肢痛をはじめとする症状を引き起こす代表的な脊椎疾患です。

ヘルニア MRI

前述の通り、グリコサミノグリカンは椎間板ヘルニアの本体である髄核の主成分で、コラーゲンやヒアルロン酸、プロテオグリカンなどで構成されています。

プロテオグリカン集合体の表面には、コンドロイチン硫酸が付着しており、これらの髄核構成組織はその高い保水能により多量の水分をトラップして、椎間板の耐衝撃能を担っています。

コンドリアーゼはそれらを分解することでその保水力を減少させ、椎間板内圧の低下・膨隆ヘルニアの縮退を誘導し、症状の改善をもたらします。

ヘルニコア分解作用

ヘルニコア椎間板注用1.25 単位に関する資料:生化学工業株式会社

 

最新の治療薬ではありますが、コンドリアーゼを化学的髄核融解術に用いる試みは意外と古く、マイアミ大学のBrown氏により1985年に特許出願がされています。

 

1980年代、ヘルニコアと同様の“化学的髄核融解術”としてアメリカやドイツでキモパパインと呼ばれるタンパク質分解酵素を利用した治療が行われていました。

当時から適切な患者選択と手技により一定の効果は認められていたようで、1999 年の Cochraneレビューの論文は、キモパパインによる化学的髄核融解術を保存療法と手術療法の中間に位置する治療法と見なしています。

また、腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドラインは、化学的髄核融解術は通常のヘルニア摘出術よりも劣るが、経皮的髄核摘出術より優っていると報告しています。

 

ただ、キモパパインが異種タンパク質であることに起因するアナフィラキシーの発現や、神経組織をはじめとした周囲組織まで分解してしまう作用があったことから現在は販売が中止されています。

また、同様の理由で本邦での認可が降りることもありませんでした。

 

そんなキモパパインがタンパク質分解酵素であるのに対し、コンドリアーゼはタンパク質分解酵素活性を持たないグリコサミノグリカンの分解酵素であり、より特異的に脱出椎間板に働きかけることから、周囲組織に対する安全性が高められていると言えます。

 

余談ですが、タンパク質分解酵素にはパパイアから見つかったパパインや、生のパイナップルに含まれるプロメラインなどがあります。

例えば酢豚にパイナップルを入れるのはそのタンパク分解作用が豚肉のタンパク質を分解し柔らかくするためであると言われています。

ですが酵素は加熱によりその活性を失うためそのような効果はないはずですし、そもそも別々に食べた方が美味しいです。

ちなみに缶詰のパイナップルも加熱処理がしてあるためそのような作用はありません。

 

治療効果

 

臨床試験ではコンドリアーゼとプラセボの2群に分け、それぞれ椎間板の髄核内に1回投与した結果、投与後13週の症状改善率はコンドリアーゼ群で72%、プラセボ群50%と有意差が認められています。

また、コンドリアーゼ注射後、概ね2週間ほどで効果を実感できるようです(プラセボ群と優位に差が出始める)。

 

開発元である生化学工業株式会社は、「後縦靱帯下脱出型でヘルニア摘出術と同程度の優れた下肢痛改善効果を示し、身体的な機能障害及び QOLの改善を示した」としています。

 

また、椎間板ヘルニアとは別の話になりますが、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CSPG)はグリコサミノグリカンの一種で、軸索の伸展(再生)を阻害する作用があり,損傷後の脊髄に強く発現することが知られています。

コンドロイチナーゼはこのCSPGを分解することにより、損傷脊髄において軸索再生を促進する可能性があり、脊髄損傷患者などへの臨床応用にも期待が持たれます。

 

適応

 

コンドリアーゼの適応は「保存療法で十分な改善が得られない後縦靱帯下脱出型の腰椎椎間板ヘルニア」となっています。

 

腰椎椎間板ヘルニアは、その形態及び後縦靱帯との位置関係により以下の 4 つの型に分類されます。(Macnab の分類)

Macnabの分類 椎間板ヘルニア

ヘルニコア椎間板注用1.25 単位に関する資料:生化学工業株式会社

①膨隆・突出型(protrusion):髄核が線維輪を穿破していない

②後縦靱帯下脱出型(subligamentous extrusion):髄核が線維輪を超えて脱出しているが後縦靱帯 を穿破していない

③経後縦靱帯脱出型(transligamentous extrusion):髄核が後縦靱帯を穿破している

④遊離脱出型(sequestration):脱出した髄核が母髄核から遊離している

 

つまりコンドリアーゼの適応はcontained typeである上記①・②となります。

硬膜外腔に露出したnoncontained typeである③・④は、コンドリアーゼが到達しにくい部分にヘルニア塊があると考えられるため適応とはなりません。

 

余談:椎間板ヘルニアによる痛み

 

ヘルニアは自己組織として認識されない隔絶抗原ですから、当然自己免疫反応が起こり得ます。

本来自己免疫反応は一定の機序により抑制されていますが、二次的に好中球の浸潤が惹起され、炎症をきたす可能性があります。

椎間板ヘルニアの痛みは神経の物理的な圧迫だけが症状の機序ではなく、こういった炎症反応が症状に大きく関与しているのは周知のとおりです。

また、椎間板内圧の報告で有名なNachemsonは脱出椎間板の中と周囲のph差を示し、神経根を取り巻く炎症による症状を推測しています。

Nachemsonナッケムソン椎間板内圧の報告【椎間板ヘルニア】
Nachemson(ナッケムソン)の椎間板内圧についての報告を中心に、椎間板にかかる負担について解説しています。 セラピストには、これらの知識を元に腰椎疾患の患者さんに適切な指導が行えることが求められます。

 

ヘルニアによる痛みの出現機序は意見が分かれるところで、一部ではヘルニアによる神経根圧迫は痛みを引き起こさないといった極論まであります。

その正否についての議論は避けますが、NSAIDsやステロイドの投与が奏効する場合があることや、疼痛の発現状況がしびれを主症状とする絞扼障害とは異なっていることなどから、ヘルニアによる疼痛はむしろ炎症(に伴うhypaeralgesia)が主因なのではないかとも思っています(あくまで個人的な意見です)。他にも血管・神経浸潤による疼痛機序も報告されています。

もしそうであれば、コンドリアーゼの疼痛に対する効果はかなり限局的であるということにもなります。

やはり痛みは奥が深いです。

 

副作用

 

ここまでの話を含め、コンドリアーゼ治療のメリットを挙げると、

・手術療法を回避する保存療法の新たな選択肢となる

・適切な患者選択により、ヘルニア摘出術と同程度の治療成績が期待できる可能性がある

・X線透視化の椎間板内投与であり、手技の難易度が低い

・侵襲が少なく、治療期間が短い

・合併症の発生リスクが低いと考えられる

・摘出術等に比べ、線維輪をはじめとした周辺組織の温存が可能

などになるでしょうか。

 

一見良いこと尽くめのように見えますが、メリットがあれば当然デメリットもあります。

まずコンドリアーゼの薬効は、標的とする髄核及び線維輪だけでなく、隣接する椎体の一部にまで組織障害性が及ぶ可能性があります。

 

カニクイザル(ヒトと椎間板構造が類似しているらしいです)の椎間板にコンドリアーゼを投与した非臨床試験において、「その障害の程度は椎体の基本構造や全身機能に影響を及ぼすものではなく、時間の経過とともに一部の変化は回復性を示し、障害は沈静化することが確認された」として、一定程度の安全性を確認しているようです。

 

生活様式も構造力学的にもサルとは大きな違いのあるヒトにその結果をスライドさせるのも難しい話ですが。

カニクイザル

カニクイザル

 

また、先に述べた通りコンドリアーゼが分解するグリコサミノグリカンは、その高い保水能により椎間板内髄核の衝撃吸収作用を担っています。

そのため、コンドリアーゼ治療後のグリコサミノグリカンが分解された椎間板は通常より脆弱性が高まった状態となり、椎間板変性等を進行させてしまう可能性が考えられます。

 

また、非臨床試験において、「カニクイザルの椎間板内に投与すると、投与後26週に軟骨終板及び成長板の骨化並びに軟骨終板の菲薄化がみられ、いずれも回復性は確認されていない。」とあります。

このことから、成長板が閉鎖していない成長期の患者さんへの投与は、椎体成長の阻害と、腰椎不安定性を誘発する可能性があります。

ただ、この非臨床試験では、臨床投与量の 12~494 倍相当量を投与していることから、ヒトに対する適切な投与量での影響は分かりません。

 

また、骨粗鬆症や関節リウマチなどの患者さんには、椎体をはじめとした周辺組織に対して組織学的な影響が強まる可能性が否定できないとされています。

 

新たな治療選択としてのヘルニコア

 

腰椎椎間板ヘルニアの治療は保存療法が第一選択ですが、保存療法で改善が得られない患者さんは更に保存療法を継続しながら症状の軽減を待つか、手術療法を選択する以外に治療選択肢がありませんでした。

腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドラインにも発症当初に著しい疼痛が認められていても、保存療法だけで支障なく生活できるようになることも多いので、治療の基本は保存治療になることが示されています。

 

椎間板ヘルニアには大きく脱出したものの方が縮退し易いという特徴があります。

大きく脱出し異物と認められたヘルニアに炎症性サイトカインが発現したのち、血管の増殖が起こり、マクロファージを中心とした炎症性細胞がヘルニアに反応、マトリックスメタロプロテアーゼという、これまたタンパク分解酵素を産生しヘルニアを分解するという機序があることがわかっています。

手術を選択した患者さんの中には時間と共にヘルニアが縮退し、症状が改善することが予測されても「症状が激烈で耐え難い」「就労や日常・社会生活が困難で時間経過による改善を待っていられない」ことなどを理由に手術に踏み切ったという患者さんも多くいます。

 

切らずに済むなら切らないに越したことはない。

非常に個人的な所感ですが、そういった患者さんが手術を回避する手段として、“ちょうど良い”選択肢が出来たという印象です。

 

セラピストとして考えること

 

当ブログの主旨として、セラピストとしてヘルニコアをどう考えるかを最後に述べます。

 

・薬剤の投与により椎間板が変性し、腰椎不安定性を引き起こす可能性がある。

・生体力学的バランスの異常をきたし、IARの偏移などによる椎間関節等への負荷の増加等が発生する。

※IAR:Instantaneous axis of rotation=瞬間回転中心。脊椎の運動における回転運動の中心軸で、椎間板の変性や各安定要素の損傷、および脊椎固定具の使用等によって,その位置が大幅に異なることが報告されています。

 

我々セラピストに関連してきそうなのは上記などでしょうか。

順当に考えるならば、保水性の低下による椎間板の衝撃吸収能の低下や、椎間板変性(椎間板高の低下など)による生体力学的バランスの異常は憂慮すべきであり、ヘルニコア治療を受けた患者さんには、適切な日常生活指導や病態教育、適切な体幹機能の獲得を推奨すべきと思います。

あくまで“予想される”というものですが、長期的な目線で脊椎疾患の予防を考える必要がありそうです。

 

ただ、これらは我々セラピストが元来対象としている病態であり、脊椎疾患に共通して行われるリハビリテーションです。

コンドリアーゼを使用しているからこの治療が必要と言ったものではなく、従来通り真摯に脊椎の治療を進めていけばいいのではないかと思います。

それを突き詰めていくとやはりstabilityの獲得になっていくのかなと考えています。

 

まとめ

 

以上、長くなりましたがヘルニコアについて、その効果や副作用等について解説しました。

これから臨床データが蓄積されていくと思いますが、患者さんの治療選択肢が増えるのは素直に喜ばしいことだと思います。

 

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参考
ヘルニコア椎間板注用1.25 単位に関する資料:生化学工業株式会社
Role of autoimmune response in neuropathic pain of disc herniation.:Kunihiko Murai
コンドロイチナーゼABC(C-ABC)―椎間板ヘルニア,脊髄損傷治療への応用:池上 健
腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン:日本整形外科学会/日本脊椎脊髄病学会

 

 

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