ヘルニコア
椎間板ヘルニアの最新治療薬である「ヘルニコア」。
新たなヘルニア治療の選択肢として期待される薬ですが、私の勤める病院でもヘルニコアの採用が決定し、治療を開始しています。
そこで今回はヘルニコアについて一般の方向けに少し詳しく書いてみようと思います。
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腹筋や背筋を鍛える方法が以下の記事にまとめてあります。ご参考までに。
椎間板ヘルニア
そもそもヘルニアとは、体内のある臓器が本来あるべき位置から脱出してしまった状態を指します。
有名なところでは、臍ヘルニア〈でべそ〉、鼠径ヘルニア〈脱腸)がありますが、これが背骨のクッションである椎間板におこったものを椎間板ヘルニアと呼びます。
椎間板の中に存在する髄核というゲル状の組織が、外に飛び出してしまった状態です。
腰痛や下肢痛をはじめとする様々な症状を引き起こす、代表的な背骨の病気です。
ヘルニコア概要
「ヘルニコア」はコンドリアーゼと言う成分の薬で、椎間板ヘルニアの主成分であるグリコサミノグリカンを分解する酵素です。
大雑把に言えば、この酵素を椎間板に注射することで、ヘルニアを分解して治してしまおうという治療法で、医学的には“化学的髄核融解術”と呼ばれる治療になります。
椎間板ヘルニアの主成分であるグリコサミノグリカンは、その高い保水性能によって大量の水分を含んでおり、椎間板のクッションとしての役割を高めています。
ヘルニコアはそれらを分解することでその保水力を減少させ、椎間板の縮小化を誘導し、症状の改善をもたらします。
最新の治療薬ではありますが、実はヘルニコアの成分であるコンドリアーゼを治療に用いる試みは意外と古く、マイアミ大学のBrown氏により1985年に特許出願がされています。
また1980年代には、ヘルニコアと同様の“化学的髄核融解術”として、アメリカやドイツでキモパパインと呼ばれるタンパク質分解酵素を利用した治療が行われていました。
1999 年の報告では、キモパパインによる化学的髄核融解術に一定の効果があるとされています。
ただ、キモパパインによるアレルギー反応や、椎間板以外の周囲組織まで分解してしまう副作用があったことから、現在は販売が中止されています。
また、同様の理由で日本国内での認可が降りることもありませんでした。
そんなキモパパインがタンパク質を分解する酵素であるのに対し、ヘルニコア(コンドリアーゼ)はタンパク質を分解する作用を持たず、ヘルニアの主成分であるグリコサミノグリカンを分解酵素で、椎間板だけに働きかける作用が強いことから、安全性が高められていると言えるでしょう。
余談ですが、タンパク質分解酵素にはパパイアから見つかったパパインや、生のパイナップルに含まれるプロメラインなどがあります。
例えば酢豚にパイナップルを入れるのはそのタンパク分解作用が豚肉のタンパク質を分解し柔らかくするためであると言われています。
ですが酵素は加熱によりその活性を失うためそのような効果はないはずですし、(個人的な感想ですが)別々に食べた方が美味しいです。
ちなみに缶詰のパイナップルも加熱処理がしてあるためそのような作用はありません。
ヘルニコアの治療効果
臨床試験ではコンドリアーゼ(ヘルニコア)と効果のない薬を、それぞれ椎間板の髄核内に1回投与した結果、投与後13週の症状改善率はコンドリアーゼを投与したグループで72%、効果のない薬を投与したグループで50%と有意な差が認められています。
また、報告ではコンドリアーゼ注射後、概ね2週間ほどで効果を実感できるようです(プラセボ群と優位に差が出始める)。
開発元である生化学工業株式会社は、(一部のタイプのヘルニアで)ヘルニアを摘出する手術と同程度の優れた下肢痛改善効果を示し、運動機能の改善や生活の質を示したとしています。
ヘルニコアの適応
ヘルニコアの適応は、少し難しいですが「保存療法で十分な改善が得られない後縦靱帯下脱出型の腰椎椎間板ヘルニア」となっています。
腰椎椎間板ヘルニアは、その形態や位置によりいくつかに分類されるのですが、ヘルニアが椎間板の後方の靭帯を突き破って飛び出している場合には効果がないとされています。
椎間板の後方の靭帯を突き破り飛び出したヘルニアには、ヘルニコアが十分に到達しない可能性が考えられるため、使用されることはありません。
副作用
ここまでの話も含め、ヘルニコア治療のメリットを挙げると、
・手術以外の新たな治療選択肢となる
・ヘルニアのタイプを適切に選ぶことで、ヘルニアを摘出する手術と同程度の治療成績が期待できる可能性がある
・手術に比べ、治療の難易度が低い
・麻酔を使用したり切開する必要がないため、手術に比べ患者さんの負担が少なく済む
などになるでしょうか。
一見良いこと尽くめのように見えますが、メリットがあれば当然デメリットもあります。
まずヘルニコアの効果は、標的とするヘルニアだけでなく、隣接する組織の一部にまで及ぶ可能性があります。前述の通り、その可能性は低いですがやはり周りの組織に与える影響はゼロとは言い切れません。
カニクイザル(ヒトと椎間板の構造が似ている)の椎間板にコンドリアーゼ(ヘルニコア)を投与した実験において、「背骨の基本構造や全身機能に影響を及ぼすものではなく、時間の経過とともに一部の変化は回復を示し、沈静化することが確認された」として、一定程度の安全性を確認しているようです。
生活様式も構造的にもサルとは違いのあるヒトにその結果をスライドさせるのも難しい話ですが。
また、先に述べた通りヘルニコアが分解するグリコサミノグリカンは、その高い保水力によって椎間板のクッションとしての役割を高めています。
そのため、ヘルニコア投与後のグリコサミノグリカンが分解された椎間板は、通常よりクッションとしての性能が弱まった状態となっている可能性があり、背骨の変性などを進行させてしまう可能性が考えられます。
また、成長期の患者さんへの投与は軟骨等の成長の阻害や背骨の不安定性を誘発する可能性があります。
これらの根拠となる実験では、本来の投与量の 12~494 倍相当量を投与していることから、ヒトに対する適切な投与量での影響は分かりません。
また、骨粗鬆症や関節リウマチなどの病気を持つ患者さんには、周辺組織に対してそれらの病気の影響が強まる可能性が否定できないとされています。
新たな治療選択としてのヘルニコア
腰椎椎間板ヘルニアの治療は保存療法(手術をしない治療。薬やリハビリなど)が第一選択ですが、それらで改善が得られない患者さんは更に保存療法を継続しながら症状の軽減を待つか、手術を行う以外に治療選択肢がありませんでした。
腰椎椎間板ヘルニアの診療ガイドラインにも「発症当初に著しい疼痛が認められていても、手術をせずに支障なく生活できるようになることも多いので、治療の基本は保存治療になる」ということが示されています。
椎間板ヘルニアには大きく飛び出したものの方が小さくなっていきやすいという特徴があります。
大きく飛び出したヘルニアは身体に異物として認められ、マクロファージを中心とした炎症性細胞などが働き、ヘルニアを分解するという機序があることがわかっています。
手術を選択した患者さんの中には時間と共にヘルニアが自然治癒し、症状が改善することが予測されても「あまりに症状が強くて耐えられない」「仕事や家事が困難で自然治癒を待っていられない」ことなどを理由に手術に踏み切ったという患者さんも多くいらっしゃいます。
切らずに済むなら切らないに越したことはない。
非常に個人的な感想ですが、そういった患者さんが手術を回避する手段として、“ちょうど良い”選択肢が出来たという印象です。
まとめ
以上、長くなりましたがヘルニコアについて、その効果や副作用等について解説しました。
これから実際に使用されたデータが蓄積されていくと思いますが、患者さんの治療選択肢が増えるのは素直に喜ばしいことだと思います。
椎間板ヘルニアの方にお勧めの体幹トレーニング
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参考
ヘルニコア椎間板注用1.25 単位に関する資料:生化学工業株式会社
Role of autoimmune response in neuropathic pain of disc herniation.:Kunihiko Murai
コンドロイチナーゼABC(C-ABC)―椎間板ヘルニア,脊髄損傷治療への応用:池上 健
腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン:日本整形外科学会/日本脊椎脊髄病学会
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